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エジプト世界遺産紀行  2005.3.7-14



ギザの「スフィンクスとピラミッド」    エジプトアラブ共和国 カイロ市 ギザ

左側は「カフラー王のピラミッド」、右側は「クフ王のピラミッド」です。

日本の縄文から弥生式時代に エジプトでこのような文明があったことは知識としては
理解していても 現地で目の当たりに見るとまさに驚嘆 5000年という歳月とその時代
のスケールの大きさに感動しました。

人面獣身のスフィンクスはアラビア語で「アブル・ホール(畏怖の父)」と言うそうです。
 
全長57m 高さ20m 顔は真東を向き その眼差しは4500年の歴史を見つめて来たのですね。

訪れた日は金曜でしたが、イスラ-ム暦の1週間は土曜から始まり休日は金曜で
子供達の修学旅行 ? などで、ごった返えしていました。
  

   

ギザ3大ピラミッド 左からクフ王 カフラー王 メンカフラー王のピラミッド 背景カイロ市

エジプト旅行雑感   水
ガイドさんから生水は絶対飲まない、生野菜・果物も最初の2〜3日は控える
アイスクリーム等もミネラル・ウォーターで作っていることを確認してから
買うことなど注意がありました。

エジプトでは多くの旅行者が水で体調を崩す(下痢)そうです。
飲み水はミネラルウォーター 歯磨きもミネラル・ウォーターを使いました。

また体調を崩す要因は水だけでなく 現地観光事情もあるようです。
砂漠地帯特有の猛暑の中、真昼の観光はきついです。
博物館などは昼から5時頃までクローズ、夕方から再開します。
このため涼しい早朝や夕方に行動するのがエジプトの観光のようです。



   

「カフラー王のピラミッド(紀元前2532年頃)」 ギザの3大ピラミッドの1つ。

高さ143m 基底部215m 傾斜角58°保存状態がよく頂上付近と下部に表面を覆っていた
石灰岩の化粧板が残っていて エジプトで最も美しいピラミッドといわれています。

4500年前 このピラミッド全体が石灰岩の化粧板で覆われていて 砂漠の中で
眩いばかりに光り輝いていたんでしょうね。



  

エジプト最大級 「クフ王のピラミッド(紀元前2560年)」 ギザの3大ピラミッドの1つ。

高さ146m 基底部230m 傾斜角51° 四辺はほぼ正確に東西南北を示しているそうです。
ピラミッド 7つの謎は現代の科学と知識でもまだ解明されていないと言われています。

正確な方位の測量技術
ピラミッドの基底部を水平に設定する方法
現代の技術を駆使しても困難な巨大な石の輸送方法
そして積み上げ方などです。
古代のロマンとして 解明しないのも英知かもしれません。


  

「クフ王のピラミッド」 1個 2.5〜5t 積み上げられた石の数はなんと230万個。

1日300人限定の内部「王の玄室」を見学して右手上部の出入り口(窪み)から帰って来た

ところです。玄室に行くには 高さ1m くらいの低いトンネルを海老の様になって下り
そして狭い回廊を登って行きます 背の高い人は大変つらいようでした。
内部は撮影禁止 カメラは入口に置いて入ります 見つかれば即没収。

1個1個の石は人の背丈ほどあり実際に登ってみると あらためて大きさを実感しました。
この時代にピラミッド建設の技術が完成し現在見事に残っているのは 基底部から頂上へ
少しずつ石を小さくなるように精密に計算 製造され そして狂いも無く積み重ねられた
高度な技術です。


      

クフ王のピラミッドの真横で発見された「太陽の船」

この船は クフ王が死後の来世へ太陽の神ラアと共に旅をする「太陽の船」であろうと言
われています。
1954.4.22土砂の除去作業中 偶然に敷石の下から発見され 4500年の眠りから覚めました。

この船はレバノン杉で造られ 全長43m 幅5.35m 高さ7.9mで発見された時は1224の部分と650の部材に分解されていました。
復元に14年の歳月をかけ 1982.3より発見場所で公開されています。

1987年この船坑の隣に第2の船坑が 早稲田大学の吉村作治エジプト調査隊により
発見されましたが保存状態が良くなく未発掘のまま鍵が掛かっていました。
吉村先生とはエジプトに行く時 偶然に同じ飛行機で 皆さんと例の笑顔で
気さくに写真に納まっていました。


    

イスラムの街カイロの象徴的モスク「ガーミア・ムハンマド・アリ」 オールドカイロ

1300年の歴史があるカイロの街には至る所にモスク(アラビア語でガーマ)がありました。

イスラーム信仰 5つの柱。
・シャハーダ(信仰告白)『アッラーのほかに神はなく・・・・・・』
・礼拝 1日5回の礼拝が義務づけられています。
・ザカート(喜捨) 富める人が税金とは別にお金を出し 貧しい巡礼者や恵まれない人に
         使われている制度。
・断食 ラマダーン月は太陽が昇ってから沈むまで水を始め一切口にしては駄目だそうです。
・巡礼 巡礼月の8日から10日まで 定められた方法でメッカを訪れる。


   

「カルナック神殿」                        ルクソール東岸

紀元前2050年頃、メンチュヘテプ2世がエジプトを統一 テーベ(現、ルクソール)を首都と
定め 以後600年に渡って栄華を誇った地です。
この間 築かれた カルナック神殿 はエジプト最大級の遺跡で 現在も発掘中です。

カルナック神殿とは単体の名称ではなく アムン大神殿を含む10位いの神殿群の総称です。
城壁のように囲まれている神域の範囲は奥行き0.6km 横幅1.5km。

写真はスフィンクス参道からカルナック神殿への入口 左右の建物で一対の第1塔門は幅113m高さ43mの間を進むと第2第3塔門と続き第5塔門まであり更にその奥に別の神殿があります。

  

    

「カルナック神殿・大列柱室の巨柱」                ルクソール東岸

クレオパトラ7世の時代 紀元前26年地震で天井がほどんと落ちたアムン大神殿大列柱室の
石柱。
102m×53mの部屋に 直径は2m 周囲 6.28mで高さが 23mと 15mの 2種類の石柱が
134本 整然と立っていて圧倒されました。
それぞれの石柱には見事なレリーフが刻まれ 世界遺産に包まれた素晴しさと 世界遺産
という重みをあらためて感じさせられた空間でした。


    

「カルナック神殿・大列柱室の巨柱」*          ルクソール東岸

 ここは、昔 映画で見た「ナイル殺人事件」の中で石が落下したところです。


   

「カルナック神殿・トトメス1世のオベリスク」 

オベリスクとは 古代エジプトで花崗岩の岩場から切り出された1枚岩の記念碑です。
このトトメス1世のオベリスクは高さ23m 重さ143t 赤御影石製。


    

「カルナック神殿・第1塔門を入ったセティ2世神殿前の広場」

ツアーで訪問後、翌日午後フリータイムになったので息子 岳と再度訪れてみました。
昼間は人も少なく快適に見学が出来ました。バラバラに行動して 夕方合流したところです。


   

「ルクソール神殿」 カルナック神殿のアムン大神殿の付属神殿


◇エジプト旅行雑感    トイレとバクシーン
バクシーンとはイスラーム教の喜捨の1種でチップとは違うが チョッとした親切への謝礼
という習慣。しかし これが大変 ホテルの自分の部屋以外すべてのトイレを使う時
必ず人が立って居て 手洗い後の手を拭くトイレットペーパを必ずくれます。
この時、交換に小銭を払うのがバクシーン。
小銭を払わないと入れないトイレもありました。
払いたくても小銭がなかなか手に入らないのです。

ホテルもあまり両替をしてくれません、買物をして砕こうと思ってもお釣りが戻って
きません、お釣りもバクシーンなのかもしれません。

また、屈折ピラミッドで自動小銃を持った兵隊が近寄ってきて写真を撮ってやるといい、
後でしつこく「バクシーン バクシーン」と払うまで離れませんでした。

習慣の違いといえ本当に面倒でした。成田に着いて本当に日本人でよかった。

以下は男性のみ お読みください。(私の身長161cm) 
ホテルもレストランも空港も小便器の位置が高い 精一杯爪先立ちしてやっとです。
放物線上に飛ばすか 高下駄が必携かも。
  


  

ライトアップされた「ルクソール神殿」

    

「ハトシェプスト女王葬祭殿(紀元前1490年頃建造)」     ルクソール西岸

この「ハトシェプスト女王葬祭殿」は古代エジプトの中で唯一女性が王になった
ハトシェプスト女王の葬祭殿です。
そしてこの建物はエジプト古代建築の最高傑作と言われています。

石灰岩の岩山を掘って作られた大葬祭殿。
テラスや柱廊の壁画の彩色は見事に残っていました。
1番上の神殿は 1ヶ月前8年振りに開放されました。

ここは1997年11月イスラーム原理主義者過激集団によるテロ事件で日本人観光客ら
10数名が犠牲になった所です。入場のセキュリティ・チェックは空港なみでした。

この岸壁の裏が紀元前1565年頃から作られた岩窟墓「王家の谷」で 現在発掘されているのは約60の内 手付かずの状態で発見された「ツタンカーメンの墓」など3ヶ所の墓・内部の玄室(撮影禁止)を見てきました。
「ツタンカーメンの墓」から発見された「黄金のマスク」など膨大な埋蔵物は
「エジプト考古学博物館(撮影禁止)」に保存・展示されていました。



   

サハラ砂漠 アスワンからアブ・シンベルへ 眼下は見渡す限り砂漠 アフリカの大地です

アスワンダムの帰り サハラ砂漠に寄って砂を記念に採ってきました。
一粒一粒がガラス珠のように輝いていて 本当に綺麗な砂です。

◇エジプト旅行雑感   ビール
ビール党の私にとってチョッと休肝日? 
エジプトはイスラームの国。イスラームでは飲酒を禁止しています。
ハヤブサ・マークのエジプト航空直行便のツアーを選んだのが間違い
往き14時間 帰り12時間アルコール無しでした。

現地ではホテルか中級以上のレストランでないと飲めません。
酔って歩いたり ビール瓶などを包まずもって歩くと捕まるそうです。
そのためか街中も観光地も 自動小銃を肩に掛けた警官がウヨウヨいました。

これからエジプト旅行を計画している方で、酒好きで 時間に余裕のある人は
ヨーロッパ経由の旅行会社を選択した方が賢明です。

エジプト国土の94%が砂漠地帯
気候は夏で日中50℃から夜間は7℃まで下がり
4月頃から砂漠特有の砂嵐が発生する
観光シーズンは11月から4月くらいがベストのようです。


  

朝日に照らされた「アブ・シンベル大神殿 (紀元前1256年頃建造)」  アブ・シンベル

エジプト世界遺産紀行のハイライトはギザの3大ピラミッドとこのアブ シンベル神殿です。
大神殿は高さ33m 横38m 奥行き63mあり 正面のラムセス2世(4体共)の巨像は高さ20m。

この大神殿は組み立てた物ではなく 砂岩石の岩山を一刀彫で彫ったものです。
中に入ると大列柱室を経て 小列柱室 前室があり
その奥に年2回だけ朝日が入る至聖所(入口から63m)がありました。

この神殿は現地点の南東210m 下65mにありましたが アスワンハイ ダム建設でナセル湖に
水没するため 大小ふたつの神殿をユネスコが 全体で約40万トンある巨石を1つ20t〜30t
に切断し 1964年から5年の歳月をかけて移設しました。
その結果、至聖所に入る朝日は2/22と10/20から移設後は2日ずれて2/24と10/22になり 3300年前の知恵と計算に完敗したようです。

アブ・シンベル神殿には 昼間1回と夜の「音と光のショー」 そして翌朝・日の出前に出かけ 朝日に照らされた神殿を見学。
内部の立像やレリーフは早朝の方が陰影がハッキリして綺麗でした。

この写真は偶然 人並みが切れ 入口の門番2人も写っていません。中で撮影禁止のフラッシュを焚いた人がいて飛び込んで行ったかもしれません。本当に幸運な一瞬でした。


  

「アブ・シンベル大神殿」 一刀彫とは信じられないラムセス2世像(4体とも)

移設にあたって移動前の状態が そのまま再現されております。
左から2体目のラムセス2世像の頭部は落ちていた位置に寸分違わず置いてあるそうです。

  

「アブ・シンベル小神殿」 

ラムセス2世が最愛のネフェルタリ王妃とハトホル神に捧げるため 大神殿の北120mの所に
建てた神殿です。高さ12.2m 幅28.3m。中には列柱室 至聖所がありました。



   

「アブ・シンベル神殿」 音と光のショー

アブ・シンベル大神殿 小神殿の岩山をスクリーンにして美しく壮大な映像でした。
内容はユニセフによる神殿の移転救済から始り ラムセス2世を語る一代歴史絵巻。
石の座席の下に日本語を含む7国語選択可能なイヤホンで聞きます。


  

アスワンハイ・ダム建設で出来た「ナセル湖」

アブ・シンベル神殿の正面200mくらいの所から見たナセル湖です。
見渡す限り砂漠の中で このナセル湖とナイル川流域はオアシスのようです。
この足元65m下に移転前の神殿がありました。


  

「切りかけのオベリスク」                   アスワン・ヌビア村

古代の石切り場に残された未完成のオベリスクです。
現存するオベリスクは最長30m前後で このオベリスク (長さ41.75m 底面4.2m 重量1170t)は巨大過ぎたため亀裂が入り放棄されたようです。
 この古代石切り場から解った技術とは
@まず石に切り込みをつける 
Aそこに木のくさびを打ち込む 
Bくさびを水で濡らす くさびが膨張し自然に割れ 切り口も凸凹がなく きれいに割れる。
Cそしてその溝に丸い石を転がし滑らかにするそうです。
説明を聞いていて気の遠くなる作業です。



    

横たわる「ラムセス2世の巨像」           メンフェス遺跡(ギザの南約10K)

1820年 メンフィス遺跡の中のプタハ神殿跡から「ラムセス2世の巨像」が発見。
冠の一部と足が欠けていますが 体長15m。
起こそうとしましたが地面に着いている背中の方の損傷が大きく 現場に屋根を掛け
そのまま保存していました。


   

アメンヘテプ2世 ? の「スフィンクス」 メンフェス遺跡

数あるスフィンクスの中で顔が最も美しく 大きさはギザ(最初に掲載)に次いで2番目に大きい
スフィンクスです。体長10m 重量80t アラバスター(雪花石膏)製 1912年発見。



  

「ジェセル王の階段ピラミッド(紀元前2670年建造)」 ピラミッドの第1号  サツカーラ

この階段ピラミッドが世界最古の石造建築物で 階段は6重 高さ60m 基底部140×128m。
このピラミッドの廻りには 葬祭殿 神殿 それらに付属する建設跡があり 各建物は白石灰岩
の見事な列柱廊で結ばれていました。そして今も発掘中でした。


    

「屈折ピラミッド」 ダフシュール軍事基地内

高さ105mの真ん中から角度が変わっています。上部43°下部54°。
なぜ 屈折しているかは諸説ありますが 判明していません。


   

「赤のピラミッド(紀元前2613年頃)」 ダフシュール軍事基地内

美しい形の「真正ピラミッド」。
夕日を浴びると赤く映えるので「赤いピラミッド」と言うそうです。
石も赤っぽかったです。 ここも「王の玄室」まで入ることが出来ました。
クフ王の玄室に行くより距離が長く やっと着いた玄室は空気が薄く そしてコウモリの
糞尿でアンモニア臭く 逃げるように地上に帰ってきました。


  

「赤のピラミッド」王の玄室を見てきた帰り  

今回、訪問した以下の所が撮影禁止(◆印)でした。
◇印はビデオならOKのところです。

◆クフ王と赤のピラミッドの内部・玄室
◇アブ・シンベル大神殿と小神殿の内部
◆ハトシェプスト女王葬祭殿内部・壁画
◆王家の谷、ツタンカーメン・ラムセス9世・ラムセス5世の墓内部
◆貴族の墓
◆ルクソール博物館
◇エジプト考古学博物館 

旅行前、ドイツかエジプトかで迷った時 インターネットを見ても
写真が綺麗で行きたいなーと思うHPはなかなかありませんでした。 
こんな訳で 彩時記番外編で編集しました。(2005.3.21 斉藤正也
)



 
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